Future Signs 未来の兆し100 特別対談 社会イノベーションの国際交流 社会イノベーションの国際交流を通して信頼関係を築く

フューチャーセッションズはこれまで、多様な方々と、社会進化につながる新しい価値を共創し続けてきました。会社設立から10年の節目を迎え、芽生えたのは、これまで関わってきた方々が今どんな未来を信じているのか問いかけてみたいという想いでした。「よりよい未来」の解像度を上げ、これから先の10年を描く礎としていくために。共創パートナーのみなさんに話をうかがって見えてきた、「未来の兆し」を共有していきます。

ブリティッシュ・カウンシル

Future Sessions

長年に渡る英国での生活を経て、現在は英国の公的な国際文化交流機関であるブリティッシュ・カウンシルでアートや文化活動に関わるプログラムの企画・運営に携わる秋元七生さん。すべての人が参加できて楽しめる、インクルーシブなプログラムについて、様々なセクターと協働しながら取り組みを進めている。

日本と英国共通の
社会課題を解決する
協働プラットフォームの立ち上げ

ブリティッシュ・カウンシルとは、Futuresというプロジェクトを通して日本と英国共通の社会課題を解決する協働プラットフォームを共に立ち上げていて、その第1回目のワークショップが2012年7月に行われました。
最初のテーマが、「これからの高齢社会をどのように迎えていくのか」ということでしたが、秋元さんが参加されたのは12月のUK Social Innovation Journeyからでしたか。

秋元

そうですね。私がブリティッシュ・カウンシルに入ったのが2012年の11月で、その直後に行われた巣鴨でのワークショップに初めて参加しました。

僕にとって、あのUK Social Innovation Journeyはとても印象に残っています。
あの時にNESTA(英国国立科学・技術・芸術基金)を訪問して、「システム変革を可能にする4つのイノベーション」の考え方を知ったんです。
商品・サービスのイノベーション(Product+Service)、市場のイノベーション(Market)、政策のイノベーション(Political)、慣習のイノベーション(Cultural)、この4つが揃って社会のイノベーションが起きるんだという考え方やフレームワークに対して感動を覚えました。
これは今でも定期的に振り返って活用させてもらっていて、非常に学びの多い場でした。
秋元さんは入社直後で大変だったと思いますが、どのようにプログラムを運営していたのでしょうか。

秋元

入社してすぐでしたが、どっぷりと関わっていましたね。私はその直前の10年間と子どもの頃にも英国に住んでいたので、英国の状況を肌で感じていたこともあって、視察がスムーズに進むための調整を任されていました。私も社会イノベーションを起こすアプローチの最先端の考え方をNESTAから学んだと感じていて、「システム変革を可能にする4つのイノベーション」については、今の仕事にも活きています。

ちょうど10年前のプロジェクトなので、この10年間を振り返ると思いもしなかった変化もあるかもしれません。秋元さんにとって、業界や業務に思いもしなかったインパクトのあった大きな出来事はどんなことがありましたか。

秋元

まずは働いている領域の変化でしょうか。Futuresを担当していたソサイエティチームからアートチームに移り、今はアート、文化芸術関係のプログラムを担当しています。ただ、担当は変わっても考え方は通じるものがあります。
Futuresでは、高齢化で社会が変化し、人々が必要とするものも変わっていくだろうということや、人生100年時代の後半をどういきいきと暮らしていけるか、ということがテーマでした。
今は、アートや文化活動がどうやって人々のウェルビーイングや日々の生活を豊かにするか、より人間らしく自分を表現することに活用できるかといったことを、様々なセクターとの協働で取り組んでいます。
最近では美術館や劇場などが、質の高い芸術や鑑賞体験の提供を館内にとどめず、地域に出てより多くの人と関わりをつくって取り組むことが増えていますが、日英の経験や知見の共有を通して、新しい価値創出の後押しをしたいと考えています。

以前、Playable Cityのワークショップに参加させてもらったことがあります。あれもアートの一環として始まったプロジェクトなのでしょうか。

秋元

そうですね。創造性がもっと社会や都市づくりでも活用されるべきだというクリエイティブシティの流れを受けているのと、テクノロジーを使って効率性や利便性を上げようとするスマートシティに対し、テクノロジーのクリエイティブな可能性を提示するようなプロジェクトです。都市と人々の関係を「Playable」というワクワク感や遊びという側面で変えていき、いかに面白くしていけるかをアーティストやクリエイティブな人達に問いかける。街の公共空間の中に遊び心のあるアイデアを実装し、暮らしやすさや街への愛着、市民同士のつながりをどうやって増やしていくかということを念頭にやっていました。

「Playable」というのはコンセプトとしても耳に残るし、今でもまちづくりについて考える時にはキーワードとして頭に置いています。

秋元

Playableってすごいですよね。発想力としても、Playableという視点を思いついたところはすごいなと感じます。

© British Council
英国のメディアセンター、ウォーターシェッドが2012年に立ち上げた、「遊び」を通して都市と人が出会うグローバルなイノベーションプラットフォーム『Playable City』。テクノロジーによって、もっと自由で、遊び心と創造性の溢れる街へと進化させるアイデア発掘プログラムを東京でも展開。
プロジェクトページ: www.britishcouncil.jp/programmes/arts/playablecity

ロンドン五輪が
インクルーシブな社会への
転換を加速するきっかけに

10年前から考えると、アートとソーシャルという視点がずいぶんと広まりました。アクセシビリティ、インクルーシブデザインといったことが一般的に受け入れられるようになりましたが、2012年のロンドン五輪はそういったことを進めるきっかけになりましたよね。

秋元

アートの面では、「カルチュラル・オリンピアード」という大規模な文化・芸術のプログラムが五輪の4年前から行われました。ロンドン五輪で、障がいのあるアーティストの活動を支援する「アンリミテッド」が主要なプログラムとして展開されたことも大きかったですし、大会のレガシーを日本も含めてその後の開催国につなげていくという役割もありました。
インクルージョンの考え方も、これまでは障がいのあるなしやLGBTQアイデンティティ、人種など、それぞれが持つ特徴の一つだけに着目したアプローチが主流だったのに対して、最近では人は相互に関係する様々な側面を持っているということに注目するようになってきています。多様性を認めるという意味でも、10年前にはこんなにも人の多様性が見えるような社会になっているとは思いませんでした。まだまだ、課題も多いですが。

プログラムを企画される際に、参加者の立場はどのように考えられていますか。

秋元

最終目標としては、誰もが参加できて何かアクションしたいと思えばできる、ということを目指していますが、いかにインクルーシブなプログラムにしていくかということが起点になっています。
アートや文化という側面では、すべての人がアートや文化活動の恩恵を受けられて、それによって生活が豊かになり、自己実現ができたらいいですよね。
アートと聞くと敷居が高いという印象もあるかと思いますが、本来はPlayと同じように、すべての人がつながりを感じ、楽しめるものであるはずです。文化芸術活動を楽しみながら、新しいものや表現、つながりを生み出していくことができればと思っています。

© British Council
神奈川県川崎市と協働し、英国のアート団体ドレイク・ミュージックと一緒にテクノロジーも活用し、障害のある人の音楽アクセス向上を目指した『かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクト』。2021年には特別支援学校の生徒と日英音楽家のコラボレーションにより作曲した 《かわさき組曲》を東京交響楽団が世界初演した。
プロジェクトページ:www.britishcouncil.jp/programmes/arts/drake-music

予想通りではないことを
生み出す余地をどう残すか

10年後、現在では思いもしないインパクトが起きるとしたら、どんなことがありそうですか。

秋元

以前、日本科学未来館のプレイエリアにあった宇宙飛行士の毛利衛さんの言葉にとても影響を受けたんです。「未来をつくっていくのは子どもたちです。子どもたちは、私たちが想像もしないような未来をつくっていきます。だから、大人の私たちが子どもにこういうことを勉強しなさい、興味を持ちなさい、こうやりなさいと言うのは違います。」そういったような内容でした。私たちが生み出せなかったものを生み出す可能性を秘めているのが子どもで、同じようにやっていたら生み出せない、というのはなるほど、すごいなと思って。
プログラムをやる時にも、英国のファシリテーターが来ると、日本人は真面目な方が多いから一生懸命メモを取って教わったことを再現しようとします。でも、その通りではなく自分はこうやる、というように変えていってもいいのではないかと思います。
10年後は予測できないけれど、いろいろな人をつないでコミュニケーションをすることで、いまの私たちには無いクリエイティビティを使って、未来をつくるお手伝いをしていけたらと思っています。

まさにファシリテーター的な振る舞いですね。参加した人たちが変えていけるように、自分たちが思っていないことを生み出す余地をどうやって残すか、ということは、僕たちも対話の場をつくる時には考えていることです。僕たちの予想通りでなく、違うことを生み出す人がいるほうが面白い。秋元さんがどのようにして、そのような考えに至ったのかが気になります。

秋元

子どもの頃に日本に比べて多様性のある英国で過ごしたことも影響していると思います。高級住宅街のすぐ隣りに貧困層が住むエリアがあったり、どの地域にもエッセンシャルワーカーが住んでいたりするので、日本よりも日常的に多様な人たちに触れていました。ある種のマイノリティとしての体験もしました。
大学では建築デザイン系でランドスケープ・アーキテクチャーを専攻していましたが、デザインシンキングを学んでいろいろな人の声から課題を見つけて解決方法を模索したり、建築家、エンジニア、ランドスケープデザイナー、エコロジストといった違う視点から一つのプロジェクトに参加する人たちとコンセンサスを得るようなことをやったり。そうしたことが、今につながっているように思います。

これから10年後に向けて、目標としたいことや成し遂げたい夢というのはありますか。

秋元

仕事をしていて常に感じるのは、人とコミュニケーションを取ることの大切さです。例えば音楽のプログラムでは、障がいのある人たちと言葉ではあまりコミュニケーションは取らないけれど、音楽を通してコミュニケーションを深めています。自分がいろいろな切り口を持って、コミュニケーションを取れる空気感を持つというのは目指したいと思っていることです。
それと、ブリティッシュ・カウンシルは英語教育の普及を一つの軸としていますが、確かに英語は世界のより多くの人とつながれる入口にはなります。でも、英語だけでなく他の言語も手段になり得るでしょうし、言語以外にもコミュニケーションを取れる方法を探っていきたいです。
もう一つは、テクノロジーとアートの創造性のかけ合わせで未来の可能性を探る、ということです。デジタルやテクノロジーの可能性は全然わかりませんが、長い歴史の中で常にアーティストたちは新しいものや課題と向き合い表現してきたと思います。なかなか新しい分野で難しさも感じていますが、コネクションづくりはしていきたいと思っています。

どうしてもコミュニケーションというと言語偏重になりがちですが、アートや音楽を通してもつながることはできるし、多言語でのコミュニケーションなど、バリエーションが増えることによって、よりインクルーシブにいろいろな人とつながることができますよね。
テクノロジーに関しては、自動翻訳の技術が進化していますが、こうしたものを介したコミュニケーションについてはどう捉えていますか。

秋元

びっくりするほど精度も上がっていますし、仕事の内容によっては自動翻訳にかけてしまったほうが早い時もあります。
ただ、質が上がっていて全体的には正しいように見えるので、1箇所間違えているところがあっても間違いだと気付かない場合があって、それが致命的なんです。その間違えているところで、すごく大変なことを言ってしまっていたりすると、一気に信頼関係が崩れる危険性もあると思っています。信頼関係を築くということが私たちの付加価値だとすると、そこは丁寧にやらないといけないと思っていて。
ただ、デジタルネイティブと呼ばれる若い世代は違う感じ方をするかもしれません。彼らは自動翻訳が万能でないことを当たり前としたコミュニケーション手法を持っているかもしれないので、より良いコミュニケーションを目指すとき、世代間の感覚の差も知りたいと思います。

たしかに世代が違うとコミュニケーションのやり方も変わってくるかもしれません。片言だったらしょうがないから理解してあげようとするけれど、中途半端に精度が上がると問題がむしろ深刻化するというのは面白いですね。

テクノロジーとアートで
未来の可能性を探る

テクノロジーとアートについては、これからどんなプロジェクトが展開していけそうでしょうか。

秋元

英国は日本をテクノロジー先進国と捉えていて、協働に意欲的です。以前、英国のブリストル市で5Gに関する実装実験をやったことがあります。これは、国が5Gを導入するに当たってその可能性や課題を知るために実施したリサーチの一環です。ブリストル市では、5Gの可能性や限界を試すには、アーティストを巻き込むのが良いと考えました。彼らが5Gを使って街中で市民を巻き込んだ実験をし、5Gには人々の生活を変えるこういう可能性があるという知見が得られたということがありました。
アーティスト側もテクノロジーを使って、自分たちの表現を変えていけるのが感じられて面白いし、こうしたコラボレーションを促進できたらと思っています。
日本の企業には、特許だけ取って眠っているテクノロジーが山のようにあると聞いたこともあります。アーティストに開放してもらえたら面白いことができそうです。
障がいのある人のアクセスという課題に関しても、テクノロジーはもっと活かせるはずです。例えば、自動ドアを作る時に、最初に障がいのある人と話をしていたら違うものができたかもしれません。実際にニーズを感じている人とテクノロジーを持っている人が対話しながら共創していくことで、新しいものづくりにつながると感じます。

最先端のアーティストや障がいのある人とのコラボレーションによって、新しい地平を開いていくということには共感します。それは、デザインシンキングでも言われているエクストリームユーザーという捉え方にも近いし、これからの取り組みには欠かせない視点だと思います。
英国にとって日本のテクノロジーが最先端と捉えられていることは嬉しいと思う反面、日本のプレゼンスが世界的に落ちていっている中で日本にはどういったことを期待していますか。

秋元

英国にとって日本はとても大切なパートナーなんです。英国はEUから離脱して内向きなっているんじゃないかと言われていますが、実際にはそんなことは無くて、いろいろな人たちとつながりたいと思っているし、日本に対してもそうです。それは、自分たちとはかけ離れた文化でわからないから知りたいというのもあるし、テクノロジーという日本の一つのブランドへの興味もあると思います。

英国のブリティッシュ・カウンシルが日本に期待しているのは、どんなことですか。

秋元

私たちの活動の根底にあるのは、国際文化交流を通して世界の人々の間に信頼関係を築く、ということです。日本に限らず、世界中に友だちを増やしていくこと、お互いにサポートし合ってコラボレーションし、その先につなげていけるようなパートナーであり続けることを期待していると思います。

フューチャーセッションズがブリティッシュ・カウンシルと英国、日本をボーダレスにつなげていく架け橋になっていければと思っています。改めて、10周年を機に新しいことをしていきたいと感じました。

編集後記

フューチャーセッションズの初期プロジェクトであり、私たちの考え方の基盤形成にも大きく影響を受けたUK Social Innovation Journeyでの学びは、10年経っても色褪せていません。
また、秋元さんがこれまで取り組んでいる活動から、自分が関わってきたこれまでの共創プロジェクトは、言語を介したコミュニケーションに少し偏っていたのかもしれないという新たな気づきを得ました。
未来でますます求められるであろう、よりインクルーシブな形での共創には、「Playable」でありかつ音楽やアートも含めた言語以外のコミュニケーションも大切であり、それらを取り入れたフューチャーセッションによる共創にも挑戦していきたいと思います!

(筧)

プロフィール

秋元 七生(あきもと ななみ)
ブリティッシュ・カウンシル 
プロジェクト・マネジャー(アーツ)

英国の大学を卒業後、英国ランドスケープ協会公認資格を取得し、英国で最もクリエイティブな都市のひとつとも言われるブリストル市でランドスケープ・アーキテクトとして働く。2012年より英国の公的な国際文化交流機関、ブリティッシュ・カウンシルに所属し、日英の文化交流プログラムを展開。テクノロジーの創造的な活用を促進するプログラムや、障害のある人の文化芸術活動へのアクセス拡大を推進するプロジェクト、文化芸術活動を通したウェルビーイング向上を目指すセクター横断の取り組みなど、日英の文化関係者と協働で進めている。

筧 大日朗(かけい だいにちろう)
株式会社フューチャーセッションズ 
代表取締役副社長

富士ゼロックス株式会社にてソフトウエア開発に従事した後、2007年よりKDI (Knowledge Dynamics Initiative)にて知識経営リサーチ・コンサルタント。知識経営視点でのワークスタイル/ワークプレイスデザイン、R&Dプロセスデザイン、デザイン思考による新サービス開発、未来シナリオを基点とした事業革新といった変革活動の推進と支援を手掛けてきた。2012年10月より株式会社フューチャーセッションズに参画し、2019年8月より現職。
人や組織の間にある変化を阻む慣行軌道・意思決定・行動変容の問題を解決する方法論やプログラム開発をリードし、創造的な組織への変革を推進する事業開発・組織開発・地域開発プロジェクトを多数手がけている。2012年ブリティッシュ・カウンシルとのFuturesプロジェクトの企画・運営に携わる。