フューチャーセッションズはこれまで、多様な方々と、社会進化につながる新しい価値を共創し続けてきました。会社設立から10年の節目を迎え、芽生えたのは、これまで関わってきた方々が今どんな未来を信じているのか問いかけてみたいという想いでした。「よりよい未来」の解像度を上げ、これから先の10年を描く礎としていくために。共創パートナーのみなさんに話をうかがって見えてきた、「未来の兆し」を共有していきます。
鎌倉市
Future Sessions
市民の声を反映させたまちづくりの実現に向けた取り組みを行っている鎌倉市の竹之内直美さん。鎌倉市の未来のまちの姿を市民と一緒に描くワークショップを企画するなど、行政と市民の対話を通して、一人ひとりが自分らしく安心して暮らせるまちづくりを目指し、共創を推進している。
「共に考え、共に創る」を
キーワードに
市民との対話を通して
共創を進める
芝池
竹之内さんと最初にお会いしたのは、フューチャーセッションズ(以下、FSS)を創業して間もない2013年頃、鎌倉市と行った市民ワークショップだったと思います。
そこからいろいろとご相談いただくようになりましたが、エネルギー基本計画を策定する市民ワークショップなど、積極的に市民との対話の場をつくられてきたという印象があります。私たちも新しいことは鎌倉市とチャレンジしてみようというのがあって、ずいぶんと鍛えられました。この10年を振り返ってみて、いかがですか。
竹之内
鎌倉市では、第4期基本計画で掲げている「共に考え、共に創る」をキーワードにしていますが、それを体現しながら市民の皆さんとの共創の場づくりに取り組んできました。
もともと、鎌倉市民は意識が高い人、面白いことをしている人が多い、と言われています。第4期基本計画策定の市民対話の時、グループ対話をした後に各グループの内容をマイクを回して全員で発表してもらうことがあったんです。準備なしで急にお願いしたので、大丈夫かな?と内心ドキドキしていたんですが、どのチームも気後れすることなく発表してくれました。参加者には13歳の中学生もいましたが大人と遜色なく、若い人から年配の方までお互い助け合って良い雰囲気で発表をしていたのが印象に残っています。
FSSからは、「地域とつながっているのは鎌倉市の職員の方々なので、参加者にどう声掛けするかも考えてやって下さい」と言われていたので、私たちもアドバイスをいただきながら毎回本当に全力投球!でやってきました。
芝池
スマートシティに関する市民対話の時は、コロナ禍で対面での対話が難しい中、オンラインでの対話となりました。
竹之内
リアルで集まれないという逆境からのスタートで、デジタルスキルの不安もありましたが、むしろデジタルだからこそ参加できた方もいたし、実現できたこともありました。当時私が所属していた政策創造課がリードする形でやってきましたが、ホームページに掲載したコンテンツも評判が良かったし、それを見て鎌倉市に入庁してきた人もいたんです。思わぬところで波及効果もあって良かったなと感じています。
芝池
10年前にはデジタルで対話するなんて想像できませんでした。参加者も年齢に関係なく様々な方がいて、めちゃくちゃいい発言をする人がいるな、と思ったら小学校4年生だったいうこともありました。
竹之内
そうですね。行政はとくにデジタルに関しては民間に比べて遅れていますが、コロナを経て加速度的に進歩したと思います。みんながフラットで立場に関係なく発言できるのも、デジタルの良いところです。
芝池
ご一緒させていただく中で、「共に考え、共に創る」というのが、常にプロジェクトの根幹にあったと感じています。それは、竹之内さんだからこそというのと、鎌倉市にもともとあるDNAなのかもしれない。市民の方々の当事者意識も高くて、自分ごとにできる方が多いので、結果として行政もそうした方向性になっているのかな、と。とくにこの10年で進化したと感じられる部分はありますか。
竹之内
私自身、学生の頃から身近な環境を市民が調べて発信するという活動に関わったり、対話で行政の施策を良くしていくことには以前から興味がありました。鎌倉市に入る前に民間で仕事をしていた時にも、ビオトープを作るだけでなくて環境観察をみんなでやったり。そうしたことをライフワークのようにやってきた経験は少なからず影響していると思います。
政策創造課が10年から20年先の政策を研究して実際の実務に落とし込んでいく役割を持っていたこともあり、人口減少・少子高齢化で担い手が減っていくなかで、今後どうやって地域を回していくかということをいつも考えていました。「共に考え、共に創る」ことをしていかないと、行政だけでは地域を支えられない時代がやってくるという確信があって。そうした中で、2017年にオープンイノベーションのプラットフォームである鎌倉リビングラボが始まったり、この10年でいろいろな活動が合流して盛り上がってきた感じはあります。
テクノロジーの進歩によって
もっと自由で個別最適化された
社会になる
芝池
市民の方々の意識も変わってきていると思いますが、これから10年でさらにどういう変化が起きそうでしょうか。
竹之内
鎌倉市は2018年に「Fab City宣言」をしました。
これは、3Dプリンタなどのツールを備えた地域工房である「ファブラボ鎌倉」を活用して、これまで大きな工場や大量生産でしか作れなかったものを個人が自由につくり、地域の課題解決につなげようというものです。パーソナライズされたものを自分でつくれる時代になって個人が自己実現することで、全体最適でなく個別最適の社会になってきていると感じます。
多様になる一方で細分化しすぎてしまって、皆で話す時の共通言語や常識が狭くなってきていると感じることもあります。今後は、対話する時の共通認識をどうつくりだしていくかということも課題になりそうです。
テクノロジーという側面から考えると、これからもっと自由になって、これまでできなかったこともできるようになるのではないでしょうか。
例えば、自動翻訳はものすごいスピードで進化していて、継続しているスウェーデン・ウメオ市などとの連携でも役立つでしょうし、アバターなどでこれまで働けなかった人が働けるようになる、というのはすでに始まっています。
個人的にとても尊敬している吉藤オリィさんの開発した遠隔操作型分身ロボット「OriHime」が、NHK「鎌倉殿の13人」の大河ドラマ館で働いています。全国各地の障がいがあるなどの事情で就労できていなかった方が空間を超えて鎌倉で働いてくださっているのは、なんて自由なんだろうと思いますし、すごい時代が来たと実感しています。
新しい市役所は
「行かなくても用事が済む」
「用事が無くてもふらっと行く」場所に
芝池
この10年で行政も大きく変わってきましたが、行政や市役所はこれからの10年でどのようになっていくと考えられていますか。
竹之内
これだけ時代の変化が激しいと、予測するのはすごく難しいですよね。
ただ、人口減少・少子高齢化が進んで、行政が地域を支える力や財政も縮小していく中で、どうやって公助だけでなく自助とか共助と言われる部分を伸ばして行けるか、ということが課題になってくると思っています。地方都市だとバスの路線が無くなり始めるというようなことに直面していて、10年経ったら都市部でも日常生活の中でもっとそういったことが起こり始めると思います。
そうした時に、行政が直接市民サービスを提供しなくても、地域の力や官民連携で解決していける仕組みづくりが必要になってきます。これから民間と行政の垣根はもっと低くなって、地域の課題を一緒に解決していけるような取り組みも増えていくはずです。
芝池
まちの中では、誰しもある時は助けてもらう側になるし、助ける側にもなると思うんです。個人が多様化していて違いはあっても、お互い様だと思える気持ちを引き出すのは、シビックプライドが高いまちだからというのもあるし、行政と市民が共創で関係性を積み重ねてきた経験が後々効いてくる気がします。
竹之内
行政として「共に考え、共に創る」ということを発信していますし、それに共感してくれる人もいます。市民の方と話していても、外とのつながりに対するモチベーションや欲求の高さを感じますし、気軽につながれる場所が欲しい、自分の活動を見てもらいたいという気持ちを持っている人もたくさんいます。
これから人口は減っていっても、鎌倉が好きで引っ越してくる人や地域のために何かをしたいという人がいる限りは、共創しながらまちづくりを進めていくことができると実感しています。
芝池
深沢地域にできる新庁舎の計画や、これから新しいまちづくりがどのように進んでいくのかも気になります。
竹之内
現在鎌倉駅直近にある市庁舎を、令和10年度に深沢地域に移転する予定で検討を進めています。その市役所は「行かなくても用事が済む」市役所であり「用事が無くてもふらっと行く」市役所になっていると思います。
「行かなくても用事が済む」というのは、手続きのオンライン化が進んで、わざわざ行かなくても用事が済んだり、簡単な相談も遠隔で行えるという意味で、今までより便利に快適な行政サービスが受けられるようになっていくのは確実です。
障がいや高齢で移動が困難だったり、子育て中に行くのは大変、といった方もスマホから手続きや相談が行えます。対面でのサービスも残しますが、同じ書類を何度も書いたり、たくさんの部署を回らなければいけないといったことからも解放され、一人ひとりのニーズに対応します。
もちろん全てがデジタルにはならず、アナログなものも残していく必要がありますし、社会のセーフティーネットとしての役割は市役所にとって根源的なものなので、ずっと大事にしていくことになります。
「用事が無くてもふらっと行く」というのは、手続きの場としての役割が軽くなる一方で、人と人が直接つながったり、何かの活動を発表して見てもらう場所、そこから新しい活動が生まれたり、個人や地域の抱えている課題の解決につながっていく、交流の場としての市役所の重要性が増していくと考えています。市民対話で得られた情報からもそうしたニーズが読みとれましたし、最近庁舎整備している自治体ではすでにそうした機能も盛り込まれているので、この流れは全国的なものになると思います。
市役所としても市民が普段から立ち寄る場をタッチポイントとして、市が伝えたい防災対策や健康啓発などの取り組みを自然に伝える空間を持てるのではないかという期待があります。
鎌倉は、昔から古いものを大事にしながら新しいものも取り込んで発展してきたまちで、地域ごとに異なる魅力があって本当に面白い。新しくまちづくりが進む深沢地域はウォーカブルな緑あふれるまちになり、そのメインストリートに面して建つ市役所は、地域に開かれ、歩いていてなんだか面白そうなことやってるな、とか、ちょっとお茶を飲んでいくか、といったノリでふらっと立ち寄る場所になって、今よりもっと生活に身近で利用される場所になるはずです。
ウェルビーイングを軸に
一人ひとりが自分らしく
安心して暮らせるまちづくり
芝池
竹之内さんご自身は、10年後の鎌倉市でどんなことをやっていたいと考えられていますか。
竹之内
行政職員には異動がつきものですが、「共生・共創のまちづくり」という大きな視点では、どの部署に異動しても目的は同じなので、鎌倉の未来のために、手段と目的をしっかり意識して、ウェルビーイングという軸をブレずに持ってやっていきたいと改めて感じます。例えば、病気で料理ができなくなった人の課題を解決するのに、配食サービスや調理ロボを入れましょうという選択肢があったとします。でも本当にそれはその人の幸せにつながるでしょうか。料理が好きで、家族に自分の作ったものを食べてもらうことが生きがいだった人にとっては、そうした選択肢よりも包丁を持った手をアシストしてくれる機能のようなテクノロジーのほうが役立つかもしれない。
その人にとってのウェルビーイングを損なわない形で、「自分らしく安心して暮らせる」という本来の目的を見失わないように大事にしていきたいと感じています。
芝池
暮らしにおいて何を大事にしたいかは一人ひとり違うので、何がウェルビーイングかも多様なはずですし、個人に寄り添ったサポートがあるのが理想です。
竹之内
人口減少・少子高齢化で、公助は「あれもこれも」ではなく「選択と集中」がもっと進んでいきます。そんな中で、何を選択するのか、何をすれば効果的なのかは、しっかり見極めていく必要が増してくると思います。これまで様々な市民対話、ワークショップなどに関わってきましたが、皆さんのご意見をどうしたらロジカルに、よりよく施策に活かせるようになるのか、課題感を持っています。
例えば、「この地域にこの施設が欲しいですか?」とアンケートで聞いたときに、「欲しい!」という人が多くて、実際に施設を建てたらあまり利用する人が居なかった、といったケースもありえます。聞かれれば「欲しい」というけど、実際には「少しくらい混んでいても今まで行っていたところの方が良かった」ということも想定され、アンケートでは測りきれない部分もあると思います。問いや対話を目的に向かっていかにうまく組み立てられるかが大事だと感じていて、質的調査の手法を取り入れる試みも始めています。
芝池
職員の方に求められる役割も、これから変化してくることが考えられそうですね。
竹之内
手続きなどがオンライン化される一方で、人と人が直接対話する価値は今までよりも上がって、今後も変わらず大事なものだということが、コロナ禍で浮き彫りになりました。市の職員に必要とされるスキルも、今後はより生身の人間でなければできないこと、対話のスキルが大事になってくると思います。自分自身がもっと勉強して経験値を上げていい仕事ができるようにしていきたいのと同時に、職員の中でもそうしたことに楽しく前のめりに取り組める人を増やしていきたいなと思います。
芝池
改めてお話を伺って、非常に勉強になりました。これから行政による公助だけでは回らなくなって効率よく進めていかなければならない部分と、どう個人に寄り添ってウェルビーイングを高めていくかという課題があるということ。社会の最終的なセーフティーネットである行政のこれからの姿について、私たちも考えていきたいです。
編集後記
鎌倉市が取り組まれてきた「共生・共創のまちづくり」の積み重ねとその未来が感じられる時間でした。特に都心に暮らしていると、自分の住んでいるまちに関わらずとも生きていくことは可能です。市役所が市民とまちの接点となり、共創へと誘われていく。共創が日常生活の中に溶け込んだまちで育った子どもたちは、当たり前のようにまちに関わっていくのだろうな。竹之内さんと話していると、そんな絵が自然と浮かびました。どうすれば共創が“日常の当たり前”になるのだろうか?竹之内さんや鎌倉市の弛まぬ実践に学びながら、私も何ができるか考え実践し続けたいです。
(芝池)
プロフィール
- 竹之内 直美(たけのうち なおみ)
- 鎌倉市 まちづくり計画部
市街地整備課 担当課長
民間企業で市民による身近な自然環境調査制度構築などの業務に携わった後、平成19年度に鎌倉市入庁。環境部ではごみ減量に向けた市民との協働事業、市民対話によるエネルギー基本計画立案などを担当した後、企画部門に異動。政策創造課では、リビングラボの立ち上げや、スマートシティ構想策定に向けた市民対話、官民連携等の業務に携わる。令和3年度にまちのハード整備を所管する、まちづくり計画部に異動。現在は、市街地整備課で鎌倉駅周辺などのまちづくりに向け、新たな対話を目指している。
- 芝池 玲奈(しばいけ れな)
- 株式会社フューチャーセッションズ
学生時代から開発教育ワークショップの企画やファシリテーションに取り組み、卒業後は大手研修会社にて講師を勤める。IT系/ビジネス系/新人研修/海外研修員向け研修など、幅広く講習会を実施するかたわら、問題解決などの研修を開発。2013年6月より、新しい未来を創っていくために、株式会社フューチャーセッションズに入社。セクター横断のイノベーションプロジェクトや、組織内ファシリテーターの育成を通じた組織開発・変容プロジェクトを、企業や自治体などで多く手がけている。