多様なセクターの人を招き入れる「認知症まちづくり」の取り組み
―― 「認知症まちづくりファシリテーター講座」を開催することになった経緯を教えてください。
徳田)認知症に関する課題というと、どうしても医療や福祉関係者が関わることが多くなります。研修会でも医学的な知識を伝えるような場が多く、他の分野の関係者は入って来にくい状況です。しかし、認知症当事者の日々の生活ではスーパーやコンビニでの買い物や交通機関を使った移動など、まちを構成する多様な分野が関わってきます。そうした分野の方々にも認知症の課題に気づいてもらい、社会をより良くしていく行動をしてほしいと考えていました。それが生活の場であるまちを変えることにもつながるからです。
そこで、医療や福祉に関係のない分野の方々や企業にもこの課題に入ってきていただくための仕掛けづくりをしていかなければと考えました。
「認知症まちづくりファシリテーター講座」は、そうした方々が認知症の課題に興味を持って入ってきていただく最初のステップとして、ファシリテーターの役割を担うチームづくりをすることを念頭に始めました。
立場の異なる人が連携して認知症まちづくりの核となるチームをつくる
―― 講座は3名(自治体の認知症施策担当者、介護・医療関係者、認知症当事者・家族)での参加が基本となっています。なぜこのコアチームをつくることになったのでしょうか。
徳田)2016年に1回目を行ったときには個人で参加いただく形でした。ただ、一人で講座に参加して自分のまちに帰ってもなかなか次のステップやアクションにつなげるのは難しかったんです。認知症当事者や行政の担当者が一人だけで課題意識を持っていても、それに共感してくれて一緒に仕掛ける仲間がいないと次につながっていきません。また、まちづくりを進めるには、異なる立場の人たちがチームとして機能し、それぞれの視点から仕掛けることで具体的なアクションにつながりやすいこともわかってきました。
―― 講座での学びが実際のまちづくりにどのような影響を与えることを期待されましたか。
徳田)この講座に参加して習得してもらいたいのは、問いの設定の仕方とどのようにファシリテートしてチームをつくっていくかということです。これまで行われてきた認知症関係のワークショップは啓発的で、お医者さんや介護の専門家が「認知症とはこういう病気なので皆さんで見守っていきましょう」というような合意形成するやり方が主流でした。しかし、そうしたアプローチでは認知症が自分の生活や仕事に直接関係しない遠い課題になってしまいます。
たとえば「認知症の人が安心して外出できるまちにするには?」といった問いかけにすると、自分が認知症になったときに外出できないのは嫌なのでどうすればよいか、と考え始めます。問いの設定次第で集まってくる人もそこから生まれるアクションも質が変わってきます。そうした投げかけができるチームがそれぞれの地域にできてくると、まちのあり方も変わってくると期待しています。
―― 立場の異なる3名が講座の中でどのように思いを共有していったのでしょうか。
徳田)認知症当事者の思いとして共通しているのは、「好きなところに出かけたい」「自分でお金を払って買い物をしたい」「旅行をしたい」など認知症になっても活動を続けていきたいということ。そうした当事者の思いを起点として、それぞれの立場での関わり方を考えます。たとえば「安心して話せる仲間がほしい」という当事者の思いは、行政が事業として取り組む「居場所づくり」につながります。はじめはイメージがずれているように思えるものでも、チームでコミュニケーションを重ねる中で共有できる目標として設定し、具体的に形に落とし込んでいけているという感じがあります。
フューチャーセッションの考え方を認知症の文脈に当てはめる
―― 認知症のテーマにフューチャーセッションのアプローチはどのように寄与したと感じられていますか。
徳田)認知症の課題を考えるときに、医療や福祉の関係者だけで話していても突破口がないという限界を感じていました。特定の分野の内輪で話していても問いの形も固定化されていて、皆が同じことを話しているという状況でした。
フューチャーセッションズが各分野でやられている、様々なステークホルダーを招き入れて一緒に考えるという構造を取り入れたことで、違う問いを投げかけることができ、集まる人やそこから生まれるものの質も変わってきました。そういう意味でも認知症の課題にはこのアプローチが効果的だと感じています。
芝池)フューチャーセッションは様々な分野・テーマに適用できる手法ですが、認知症の文脈に置き換えたときにどのように活用していけばいいかカスタマイズされたプロジェクトでもあると思います。「認知症まちづくりトライアングル」として、具体的にまちづくりをどのように実行し、それによってどのような変化が促されるか、3つのステップで整理したのはひとつの分岐点でした。これがあることで参加者の納得感も変わったと感じます。
徳田)認知症やまちづくりといっても、それぞれにイメージしている目的は異なります。
「誰もが主人公になれるまちづくり」「認知症当事者の課題を解決する」「認知症まちづくりの仲間を広げる」という3つで整理すると、共通の枠組みとして参加者もこれからどうしていけば良いかを考えるベースになります。
認知症当事者の声を出発点にしたまちづくりの実践
―― 講座の参加者が学んだことを各地域に持ち帰って実践している具体例があれば教えてください。
徳田)東京都町田市からは毎回違う方が参加されていて、この考え方が最も広がっている地域です。行政の方だけでなく民間でも活動されている方がいて、認知症当事者の方たちと大きなグループになってまちづくりを進めています。
たとえば「認知症の人たちが夜飲みに行くところがない」という声があれば飲み会を企画し、それが単発のイベントで終わるのではなく継続した仕組みになっています。行政の施策に反映されることも日常的に起きていて、行政と民間の隔たりがあまりないのも特徴です。認知症をテーマにしたイベントにも数百人もが集まるなど、いい形で進化しています。
―― 講座の内容を現場で実装するにあたって工夫されていることはありますか。
徳田)講座の内容も教えたらすぐにできるというわけではなく、講座の前後の地域への問いかけやコミュニケーションがとても大切になります。実際にまちづくりをしていてわからなかったり、立ち止まったりしている地域に対してサポートを行っています。
大平)私は3期生として受講し、このまちづくりの考え方や手法が有効な手段だと実感しました。どのようにまちづくりを進めたら良いかと悩んでいる人の力になりたいと思い、まちづくりコーディネーターとして仕事をしています。今は講座を受講した地域の方と、定期的にミーティングを重ね、チーム内での対話が促進され主体的に活動できるように調整しています。
一番大切にしたいのは、認知症当事者本人の声を出発点にまちをつくっていこうということ。本音を聞き出し、チャレンジしたい気持ちを叶えられるように、教育関係者や図書館、スーパーなど様々なセクターの人たちを招き入れながら仕組みづくりをしています。
認知症の人たちに聞くと、「人の役に立つことがやりたい」という声が出てきます。支えらる側に転じるのではなく、本人が力を発揮できる環境をつくることが大切だと感じています。ともに過ごす時間から気づきを得て、行動につながる一歩をつくっていきたいです。
講座に参加した自治体の取り組みを全国へ広めていく
―― 今後はどのようなチャレンジをしていきたいですか。
大平)現在、岡山市では行政、事業所、企業が一緒になって要介護状態になってもはたらける場をつくっています。認知症当事者が社会参加することができる居場所づくりを応援していきたいと考えています。
徳田)講座には毎回5、6地域から参加いただいていますが、全国約1700の自治体からするとまだ少数で、認知症の課題について日本全体を変えていくというところまでは至っていません。今後はそれぞれの地域で特色のある活動やプロジェクトをカタログのように一覧で見られるようにし、どのようなプロセスで仕掛けたかがわかるようにしていきたいと考えています。なにかやりたいと考えた地域が、そのカタログを見て真似したり参考にできるような課題解決に役立つカタログをつくっていきたいです。
―― 自治体だけでなく同時に市民の意識改革も必要になってきそうです。
徳田)公共の課題を行政が解決するのか、まち全体で解決していくのかという発想をアップデートできていない地域がまだあります。まちづくりは公共の課題ではあるけれど、行政だけが頑張ればいいわけではないというメッセージを越えて、当たり前になっていくような情報も一緒に発信していく必要があります。認知症=福祉の問題=行政の課題という固定概念を変えていければと思っています。