【企画背景】
この日、約100名の参加者で会場はほぼ満席の状態。本日のトークへの期待が高まる中、フューチャーセッションズの芝池がファシリテーションを担当し、今回の講演を主催する株式会社ワンプラネット・カフェのペオ エクベリさんによるオープニングトークによりイベントがスタートしました。
スウェーデン出身でありながら、日本を拠点にアフリカなど世界各地で仕事をするペオ エクベリさんは、「日本ほどSDGsが知られている国はない」と語ります。
ペオ エクベリさん)「SDGsへの世界的な取り組みは約50年の歴史がありますが、トロールベックさんのデザインの登場まで、それらの内容は難しく、専門家しか理解できないものだと捉えられていました。彼の手によるカラフルなデザインと分かりやすい言葉は、人々を楽しい気分にし、多くの人に受け入れられています。SDGsは日本では皆が知るものとなりましたが、まだまだ行動が必要です。グローバルなゴールと自分をつなげることが大きな課題になっています。どう行動につなげていけばいいか、トロールベックさんのお話からたくさんヒントを見つけてください」
日本語の同時通訳とともにイベントは進行しました。また、参加者一人一人の手元には、トロールベックさんがデザインを手がけた17のゴールと、それを実現するための169のターゲット(ゴール達成のための詳細目標)が全て掲載された『ターゲット・ファインダー』が。
【トロールベックさんによるインスピレーショントーク①:SDGsのコミュニケーションデザインができるまで】
ここからは、トロールベックさんのインスピレーショントークがスタート。まずは、SDGsのロゴやコミュニケーションシステムが生まれるまでの経緯を語ってくださいました。
すべての始まりは、国連が2015年に採択した「持続可能な開発のための2030アジェンダ」について映画監督のリチャード・カーティス氏がトロールベックさんに話した一言でした。
「国連が今回発表する目標について、誰かが伝え方を考え、地球上の全員に分かるように伝えなくては、失敗してしまうだろう——」
カーティス氏のこの一言に、トロールベックさんはこの一大プロジェクトに挑戦することを決意。トロールベックさんにとってデザインとは、物事の複雑性を理解して表現することであり、この件も、デザインがカギとなることを直感したそうです。
まず、採択されたアジェンダの原文を見て、トロールベックさんが感じたことは「もっと楽しいものにする必要がある」ということでした。
トロールベックさん)「目標を語ることから、行動に人々を向かわせるにはどうすればいいのかを考えました。まずは、あまりにも情報が複雑で多かったので、それら整理することにしました。シンプルで誰もが理解できる言語をつくることを考えたのです」
トロールベックさんは3つのステップに分けてデザインを行いました。
1つ目は「簡単な言葉をつくること」。アジェンダでは長い文章で語られていた目標について、可能な限り多くの単語を削ぎ落とし、意味を凝縮していきました。
例えば、目標1の”End poverty in all its forms everywhere(あらゆる場所のあらゆる形態の貧困を終わらせる)”は、”NO POVERTY(日本語版:貧困をなくそう)”に、目標15の”Protect,restore and promote sustainable use of terrestrial ecosystems,sustainably manage forests,combat desertification,and halt and reverse land degradation and halt biodiversity loss(陸域生態系の保護、回復、持続可能な利用の推進、持続可能な森林の経営、砂漠化への対処、ならびに土地の劣化の阻止・回復及び生物多様性の損失を防止する)”は、”LIFE ON LAND(日本語版:陸の豊かさも守ろう)”という具合です。
2つ目に行ったのは、「ビジュアルな言語づくり」。それぞれの目標について、何百ものスケッチをつくり、ミニマルで分かりやすいアイコンをつくっていったそう。世界中の交通標識やトイレマークなどのサインを研究し、アイコンのデザインも初期からどんどん変化していったそうです。
トロールベックさん)「初期のアイコンは6色のみを使用していましたが、これではダメだ、と感じました。人々を行動に促すには、これらの目標を愛して、楽しんでもらうことが必要だったからです。そのために、アイコンは美しく、唯一無二のものでなければなりませんでした」
デザインは色づかいも非常に重要、と語るトロールベックさん。今度は2〜3ヶ月かけて17色のパレットをつくることで、17のゴールに関するロゴデザインが完成しました。
最後に行ったのが、「ブランドづくり」。
トロールベックさん)「最後に、これらの17の目標を1つにする作業です。もともとの『SDGs』という名前よりも、もっと温かく親しみやすい名前がほしかった。そこで、”THE GLOBAL GOALS”と名付け、円マークのスケッチが仕上がりました」
17の目標のデザインとブランドが完成したことで、世界中で翻訳され始めました。トロールベックさんたちの仕事は終わったように見えました。
ところが、時間が経つごとに、17の目標について、人々は真に理解できていないとトロールベックさんたちは感じるようになります。
トロールベックさん)「17の目標どれか1つに取り組めばいいのではなく、すべての目標は密接に関連していて、全てに取り組むことでゴールは達成されるということを、もっと人々に理解してもらう必要があると感じました。」
そこで行ったのが、アジェンダの原文に記された169のターゲット(詳細目標)について、シンプルな言葉で言い換え、それぞれをミニマルでカラフルなピクトグラムで表現することでした。
こうして現在、世界に広く知れ渡ることとなった”THE GLOBAL GOALS”が完成しました。
【トロールベックさんによるインスピレーショントーク②:2030年までの取り組みに関する現状とIDGs】
2030年のゴールに向け、2016年から始まったSDGsの取り組みは、2023年7月にちょうど折り返し地点となります。トロールベックさんは現状をどのように感じているのでしょうか。
トロールベックさん)「今、35億人の人が『SDGs』について聞いたことがあるという調査結果がありますが、変化は予想以上に遅く、これでは2030年の達成に間に合わないと感じています。”THE GLOBAL GOALS”だけでは世界は変えられないとも感じています。今、皆さんに私が伝えようとしているメッセージは、”Only We Can(変えられるのは、私たち)”ということです。私たちの内なる力を磨くことが、SDGs達成へ向けた行動を加速することができると考えています」
そこで、トロールベックさんたちが現在開発しているのが、「IDGs(=Inner Development Goals)」というフレームワークです。これは、SDGs(=Sustainable Development Goals) 達成のために必要な集団や個人の能力、資質、スキルを説明するもので、世界中の有識者や企業が参加して、これらの開発に取り組んでいるところです。
IDGsは、2000人へのヒアリングを経て、「Being(あり方)」「Thinking(考え方)」「Relating (関わり方)」「Collaborating(協働)」「Acting(行動)」の5つのカテゴリーとそれに付随する23の項目で構成されています。
トロールベックさん)「これからは、私たちの内なる成長の力がますます重要になります。外部課題であるSDGsに私たちの内なる能力であるIDGs、両方が合わされば、2030年のゴールに向けた行動はさらに加速し、将来は明るく楽しいものになるでしょう」
未来への希望を感じるトロールベックさんの言葉と、大きな拍手とともにインスピレーショントークセッションは締めくくられました。
頷きながら熱心にメモをとる参加者の様子からも、会場の熱量が伝わってきました。
【トークセッション】
ここからは、フューチャーセッションズ・芝池のファシリテートのもと、トロールベックさんとゲストを交えたトークセッションがスタート。登壇したのは、一般社団法人シンク・ジ・アースの上田 壮一さんと、株式会社セイタロウデザインの山崎 晴太郎さんです。
山崎さん)「SDGsのロゴは、複雑な社会をデザインの力で表現して世界に広めた初めての事例だと捉えています。デザインとソーシャルグッドは通常距離があるものと考えられますが、両者が手をつなげばより美しく、ワクワクするようなコミュニケーションが実現すると思っています。私の会社でも、『ソーシャルデザインルーム』と称したチームを編成し、SDGs達成に積極的に取り組む組織などと連携して、社会課題の解決を目指しています」
トロールベックさん)「現代において複雑性と人々の間を媒介する人が必要です。例えば、スマートフォンについて、それを利用する私たち全員がその作り方を知っている訳ではありませんよね。特定の専門家たちがその構造や製造方法を知っています。私たちが全てを知らなくても、スマートフォンを快適に使うことができるのは、直感的に操作できるスマートフォンのOSや、アプリケーション、Webサイトがデザインされているからです。専門家と人々の間に立ち、複雑なことを理解してシンプルに言い換えることが、デザイナーの仕事だと捉えています。」
山崎さん)「とても共感する部分が多いです。複雑なことを知りながらシンプルにコミュニケーションをすることは、教育においてもとても大事だと考えています。デザインのおかげでSDGsがこれだけ日本に広まりましたが、『組織や団体がやるもの』と思われているように感じます。IDGsが登場することによって、『SDGsは個人の力でなんとかしなければならないんだ』と感じる人が増えると思います。集団でやると思われていたものを、個人レベルに引き戻したんです。IDGsはコミュニケーションのデザインによる行動変容のまさに第一歩目だと感じました。」
山崎さんのお話しに「ブラボー!」と返すトロールベックさん。一方、SDGsに関する学校教育にも携わる上田さんは、IDGsの重要性を語ります。
上田さん)「IDGsは教育現場にでも大変重要だと思います。例えば、小学生に『SDGsを達成するためにはどうすればいいか?』問いかけても、ゴールが壮大でどう行動すればいいかピンとこない。でも、『自分の内面を磨くこと=IDGsが、SDGsにつながる』と伝えたらどうでしょう。手を挙げて自分の意見を言ってみる、とか、友達と仲良くするとか、自分一人でも始められるので、子どもたちにも取り組みやすいと思います。」
トロールベックさん)「その通りです。IDGsはSDGsと違い、今すぐ取り組んで変化を起こすことができます。『今日は誰かに感謝してみよう』と目標を決めて達成をすればいいんです。その変化は自分にとっても、周囲にとっても有意義な行動になるでしょう。IDGsのフレームワークはまだ完成していませんが、自分一人でも変化を起こせるところが非常にパワフルです。」
その後、対話テーマは「感謝する」スキルの話から、異文化間で学ぶ重要性に移り変わります。
上田さん)「IDGsの23項目の中でも、日本人は『感謝する』気持ちが強いと思います。文化によってどの内面スキルを重要視するか、捉え方が変わってきそうですね。」
芝池)「IDGsはそれぞれが持つ得意なスキルで相互補完することができるものでしょうか?それとも全てのスキルを磨いた方が良いのでしょうか?」
トロールベックさん)「得意を伸ばすのはもちろんですが、全てのスキルを磨くことがもっと重要です。私の感想ですが、ヨーロッパに比べて、日本人の内面は感謝の心が篤く、謙虚なところが素晴らしいと感じます。一方で謙虚になりすぎず、もっと意見を言う勇気を持つ必要があるとも感じます。特に、日本の女性はもっと声をあげるべきです。男性同様、社会で生きていく上で女性ならではの悩みがあります。社会の半数を占める女性が声を挙げて、一緒に意思決定をするべきです。どんな社会もすべての人々に耳を傾ける必要があり、誰もが良い人生を送る必要があります。
同じように他の文化圏の人々にも素晴らしいスキルと、改善し、もっと高めるべきスキルが存在します。異文化が互いに学び合うことによって、全ての人々が全部のスキルを高めることができると信じています。世界が単一文化だったらつまらないですよね。多様な文化が存在するから面白いし、学び合える環境が存在しています」
【質疑応答】
対話は盛り上がりますが、ここで次のプログラムに移り、参加者同士の10分程度のセッションタイムの後、質疑応答の時間に入ります。「質問がある方は挙手をお願いします」との芝池の掛け声に、多くの方の手が上がり集まった方々の関心の高さが伝わってきました。
高校で教職に就く参加者からは、「小中高生にSDGsのコミュニケーションデザインについて話す時、どんなことを伝えれば良いでしょうか?」という質問が。
トロールベックさん)「長くて難しい文章は、なるべく短くして一番言いたいことが伝わるようにするのが大切だということです。そして、これはSDGsだけでなくさまざまな場面で、皆さんが複雑な世の中を理解する手助けになるということを是非伝えてほしいです」
ペオ エクベリさん)「それから、オリジナルの英語版と、翻訳の日本語版の違いも是非伝えていただきたい点です。例えば、目標1の日本語訳『貧困をなくそう』に対し、オリジナルの英語は”NO POVERTY(貧困のない状態)”。日本語版は、現在を起点として未来に向けて取り組まなければいけないことがフォアキャスティング思考で表現されています。一方で英語版は、2030年の実現したい未来の姿が表現されており、バックキャスティング思考で行動を起こすようにでゴールが定められています。日本でも、あるべき未来の姿を思い描きながら行動を起こせたらもっと素晴らしいですね。」
また、高校生の参加者からも質問がありました。「SDGsの目標3には、『全ての人に健康と福祉を』とあります。地球上の全員が自分なりの『良い人生』を実現したら、衝突が起きてしまうのではないでしょうか。そう言う時はどう乗り越えたら良いと思いますか?」
トロールベックさん)「相手の話にしっかりと耳を傾け、分かりやすい言葉で、シンプルに自分の意見を伝えることが必要だと思います。そうすれば互いの理解が深まり、取るべき行動が見えてくるでしょう。どちらかが権力を示すようなディスカッションでは物事は解決しません。そう言う人は大抵難しい言葉を並べて優れていることを示すものです。言葉の力はそれだけ大きいと考えます」
そのほかも質疑応答の時間ギリギリまで8名の参加者が質問を行い、活発な意見交換が行われました。
【クロージング】
質疑応答の後は、セッションに参加したゲストのお二人から一言ずつ感想が述べられました。
上田さん)「SDGsをこれだけ広めることができたコミュニケーションデザインの力を改めて実感しました。2030年までに私たちがどうあるべきか、トロールベックさんは私たちに分かりやすく伝えてくれています。私たちは2030年以降も生きていきます。その時自分がどう行動するべきか、考えていきたいと思います。IDGsも大きなヒントになりました」
上田さんのコメントを深く頷きながら聞く参加者の様子もありました。
山崎さん)「『IDGs』が今後大きなカギを握ると感じました。IDGsはSDGsのためだけでなく、自分の人生をよくするための能力だと理解しました。内面を磨くことは、自分の人生をより良くし、それが家族や友人、周囲の人々の幸せにもつながる。その連鎖が起これば社会が良くなっていく。社会が良くなればSDGsが達成されると思っています。トロールベックさんからいただいたメッセージをしっかりと受け取って、自分も頑張ろうと思います!」
山崎さんの力強いコメントの後は、トロールベックさんから一言。
トロールベックさん)「オープンでフレンドリーに、また真剣にお話しを聞いてくださってありがとうございました。来日できたことを心から嬉しく思います。このトークセッションが、色々な人と未来について話すきっかけになれば嬉しいです」
最後に、株式会社ワンプラネット・カフェのエクベリ聡子さんが、「SDGsのマニフェスト」を読み上げました。これはトロールベックさんが作ったもので、SDGsの17の目標を一つの文書にまとめ、2030年に全てのゴールを達成した未来を描いたものです。
『2030年の世界』出典:The New Division、株式会社ワンプラネット・カフェ訳
読み上げ終わると、自然と拍手が湧き起こりました。
会場の一人ひとりが2030年の未来と、自身のあるべき姿について想いを馳せた時間となりました。