プロジェクト事例 PROJECTS
NISTEP「第12回科学技術予測調査での未来社会像共創」

科学技術の観点だけにとらわれない幅広い観点から未来社会像を描く

概要

プロジェクト期間
2022年8月2日〜2023年3月24日
課題・背景
科学技術の観点だけにとらわれない幅広い観点から未来社会像を描く
支援内容
「ビジョニング手法の調査」「国内ワークショップの開催」「国内外のビジョナリー調査」 「市民へのアンケート調査」「国際ワークショップの開催」の業務、それらを通じたまとめ・報告作成業務
体制

プロデューサー/ディレクター:筧 大日朗(フューチャーセッションズ)
ファシリテーター:有福英幸(フューチャーセッションズ)
ファシリテーター:芝池玲奈(フューチャーセッションズ)
ファシリテーター:西山なつ美(フューチャーセッションズ)

科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は、科学技術政策立案プロセスの一翼を担うために設置された文部科学省直轄の国立試験研究機関です。研究の一環として、科学技術の動向を把握し、科学技術と社会の未来を見通すため行われるのが「科学技術予測調査」です。

2022年にスタートした第12回の科学技術予測調査で行われる4つのプロセスのうち、「ビジョニング」に関わる業務を、フューチャーセッションズが担当しました。「ビジョニング」とは、「ありたい」「望ましい」未来社会像について、個人や社会の価値観を交え、共創的に描くことを指します。複数の組織と連携しながら、「ビジョニング手法の調査」「国内ワークショップの開催」「国内外のビジョナリー調査」「市民へのアンケート調査」「国際ワークショップの開催」の業務を行い、その成果をひとつの報告書にまとめ上げました。

中でも「ワークショップの開催」では、フューチャーセッションズが中心となり、10〜20代の若い世代の方々、産官学の専門家のほか、多様な世代・職種の方々を招き、未来を描くワークショップを開催しました。

第12回の調査の背景にあった課題や、新たな手法を取り入れて起こった変化、ビジョニング調査の結果についての周囲からの反応などについてお話しをお伺いしました。


伊藤 裕子さん:
文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)科学技術予測・政策基盤調査研究センター動向分析・予測研究グループ長。博士(薬学)。2002年からNISTEPでライフサイエンス分野の動向等の調査研究に従事し、2回の出向を挟み、2020年から現職。予測調査へのフル参加(調査設計から実行まで)は第8回(2005)のみ。現在、第12回をフル参加中。

岡村 麻子さん:
文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測・政策基盤調査研究センター動向分析・予測研究グループ主任研究官。これまで、大学、ファンディング・エージェンシー、国際機関等において、科学技術イノベーション(STI)政策研究・実務に従事。現在は、フォーサイト(未来洞察)や科学と社会の指標開発等に取組む。第12回科学技術予測調査ではビジョニングを担当。

小倉 康弘さん:
文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測・政策基盤調査研究センター動向分析・予測研究グループ主任研究官。博士(地球環境学)。2022年に同グループに着任後、科学技術予測調査、カーボンニュートラルに資する基盤的科学技術の予測等に加え、本ビジョニング調査に従事する。

ストーリー

専門家だけではない、市民の方々のビジョンを取り入れた調査を目指していた

——NISTEPが行う科学技術予測調査について教えてください。

岡村さん)1971年から約5年ごとに大規模な科学技術予測調査が継続的に実施されていて、第5回からNISTEPが主体となって実施しています。調査は約3年かけて行うので、2023年現在は、2022年度から始まった第12回の調査の最中です。この調査は、科学技術に関する政策立案に必要な情報を得るために行われます。政策に関する計画を立てるためには、あらかじめ科学技術と社会の未来像を描いておかなければなりません。そのために設けられているのが、調査の4つのプロセスの中の1つである「ビジョニング」です。これは、「ありたい」「望ましい」未来社会像について、個人や社会の価値観を交え、共創的に描くことを指しています。

科学技術予測調査の流れ。このうち「ビジョニング」にあたる部分を担当しました。
出典:第12回科学技術予測調査ビジョニング総合報告書〜個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創〜本編p.2より「図表1第12回科学予測調査の全体像」

第12回科学技術予測調査におけるビジョニングの流れ
出典:第12回科学技術予測調査ビジョニング総合報告書〜個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創〜本編p.12より「図表2ビジョニング全体設計」

——ビジョニングについて株式会社日本総合研究所、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター、フューチャーセッションズのチームにご依頼をいただきました。当初の課題や期待感はいかがでしたか?

岡村さん)1番に、社会の側面をより強くとらえたいという思いがありました。最近はAIをはじめとした新興科学技術の進歩が社会の問題とのつながりをより深めています。以前の調査では、私たちと関わりの深い科学技術の専門家の声を聞く機会が多かったのですが、そうではない、社会で暮らす市民の方の声もより多く聞きたいという思いがありました。

伊藤さん)前回、第11回のビジョニングでは産学官の関係者を100名ほど招いて、未来を描くワークショップを行いました。皆で30年後の未来をあれこれ描きながら50個の社会像が生まれました。その場には私も参加して、その過程を楽しんでいました。

第12回のビジョニング調査を始めるにあたって、改めて第11回のワークショップの結果をメンバーに共有した会議の後、岡村さんが一言、「とても面白い内容ですが、本当に社会の全員が望む未来なんでしょうか」とポツリとつぶやいて。意見でも、会議中での発言でもなかったその一言に私は衝撃を受けました。楽しんで生まれた素晴らしい未来像であることはもちろんなのですが、何か欠けている視点があるのかも知れないと思い、ビジョニングのあり方を見直してみることにしました。

第11回のワークショップは科学技術の専門家が多く参加していたこともあって、革新的な科学技術がもたらす未来像や、それとは逆の科学技術を極端に排除した未来像が多かった。例えば、「ロボットと結婚したり、ロボットと暮らす未来」は、とてもワクワクする話である一方、全員にとって本当に幸せな未来なのだろうか?という疑問も湧いてきました。

前回調査の見直しをするうち、専門家以外の市民の方を招いて調査を行えばもっと違う結果が出るかも知れないと思うようになりました。そうして第12回の調査について、より多様な視点を取り入れた未来を描けるよう、市民の方を巻き込んで行う方向性が定まりました。

小倉さん)私自身、研究を行う中では市民の方を招いたワークショップを行ったことがなかったので、どのような方法で行われるのかとても関心がありました。

今までにない手法で科学技術予測調査のスタンダードを築くことができた

——人々が真に望んでいる未来とは何か?という問いに焦点をあてながら進めた第12回のビジョニング調査でしたが、実際に行った感想はいかがでしょうか。


第12回のワークショップの様子
第12回科学技術予測調査におけるビジョニングのためのワークショップ(計2回)には、のべ約70名が参加し、対話を通じて2040年から2055年にかけての未来像を描いた

岡村さん)私たちの活動について、行政関係者の間ではよく知っていただいていますが、市民の間での認知はまだまだだと感じています。学生さんや、様々な職業の方々にワークショップに参加していただけるのかという不安もありましたが、実際には多様な方々にお越しいただけて、とても感謝しています。

今回のビジョニングを通じて気づいたことは、個人の価値観などの主観が、思い描く未来像に大きく影響を与えるということ。客観的な情報に基づいて未来を描くことも大事なのですが、やはり、一人一人の意見や気持ちを汲み取ることもビジョニングには不可欠だと気づきました。4時間のワークショップの中で個人の本音を引き出すことはとても難しいと思うのですが、対話を重視するフューチャーセッションズのファシリテーションのおかげで、今までの調査では出てこなかった個人の内面が反映された未来像が出てきたと感じています。私たちにとっても大きなチャレンジとなった今回のビジョニングですが、思い切ってやってみて本当に良かったです。

WSでは、個々の大切な価値観を守りつつ、ありたい未来の暮らしのシーンスケッチを行った

伊藤さん)フューチャーセッションズのワークショップを見に行って本当に驚きました!個人の人生を振り返って、対話をしながら自分の価値観を言語化していくようなワークの内容は、これまで私が研究の中で行ってきたどのワークショップとも異なっていました。この手法なら、今までにないアウトプットを引き出すことができるかもしれない、と興味深く見守っていました。

人の心にダイレクトに入っていくワークショップのあり方に感動する反面、「本当にビジョンがまとまるのだろうか」と不安に思ったのですが、最終的にきちんとまとまりました。フューチャーセッションズは、市民の方々を招いたワークショップを主催するだけでなく、他の組織の方々と連携して、国内外の有識者へのインタビューを通じて得られた未来像を統合してくださったおかげで、厚みのあるビジョニングの結果になりました。

小倉さん)ワークショップの開催の前に、国内外のビジョニング事例を調査し、その学びを活かしていらっしゃいました。今までは行われていなかったこの流れもとても素晴らしいと思います。
第12回調査では、これからのビジョニング調査を行う際のスタンダードを築くことができたと感じています。

——私たちはワークショップに強みを感じていますが、単なるワークショップに終わらせないよう、他の組織の方々が担当してくださった方法論の調査、市民アンケートや未来社会のあり⽅につながる活動・思想・ビジョンを発信しているビジョナリーの方々への調査の結果を取り入れながら、「集合知」を活かしてビジョニング調査結果をまとめられたのはとても良かったと感じています。スタンダードとなる流れを構築できたとも聞き、とても嬉しいです。

第12回のビジョニング調査について、良かった点についてもお話しを伺えました。それとは逆に、次回以降に活かすための改善点はどのような部分でしょうか?

今回のビジョニングでは、6つの大きなビジョン(及び下位の24ビジョン)が生まれた
出典:第12回科学技術予測調査ビジョニング総合報告書〜個々人の多様な価値観に基づく「ありたい」未来像の共創〜本編p.24より「図表8統合したビジョン」

小倉さん)専門家の方々からは、ある意味「飛躍した未来像」が多く描かれ、市民の方々からは、「個人の内面や生活の延長線上にある未来」が多く描かれました。でも、一見「飛躍している」ように見える未来像も、描いている本人からすれば、「現在の延長線上にある未来」なのではないかと思っています。だからこそ、もう少し時間をかけて、未来像がどのようにして生まれたのかのストーリーを明らかにしていけると良いのではないかと思っています。

岡村さん)市民の方々を巻き込んだビジョニングは今回初めてだったので、自分たちの調査や研究について、もう少し分かりやすく説明できるようになれば、より多くの方を巻き込むことができるのではないかと思いました。

あとは、私たちが都内にずっといて対話の場にみなさんを招くだけではなくて、地域やメタバース空間に自ら出かけたり、企業の方に働きかけたり、出掛けていくことも今後はより必要になると思います。

伊藤さん)NISTEPの科学技術予測調査について、特定の業界の方には知られていても、まだまだ知らない方が多いのが現状です。

調査結果を基に科学技術に関する政策を実装したとしても、社会に受け入れられなければ意味がありません。少しずつではありますが、科学技術政策と、市民の方々のギャップをNISTEPがつなぐ役割を担うことができたら、と考えています。

終了後も驚きや発見があるビジョニング結果。このノウハウを他の領域でも活かしたい

——2022年度のビジョニングの結果についての周囲からの反応やご自身で感じていることを教えてください。

伊藤さん)科学技術予測調査における、ビジョニングの次のプロセスに「デルファイ調査(将来実現する科学技術や、その実現時期等を検討する調査)」というものがあります。今回のビジョニングで最終的に得られた6つの未来像について、デルファイ調査の分科会で、先日議論を行いました。すると、非常に面白い反応がありました。

「ビジョンにSDGs教育の成果が反映されているのではないか」と言う専門家の方がいらっしゃいました。さらに今は、教育の場にとどまらず生活の中でもSDGsに関する情報や知識は自然と耳に入ってきますよね。教育だけではなく、気づかないうちに人々に染み込んでいく社会的な情報もビジョンに反映されるのだということに気づき、感銘を受けました。そのような観点からも、より多くの市民の方々の声に耳を傾けた科学技術予測調査を行わなければいけないと感じています。

第12回のビジョニングについては、おかげさまで終了した後もさまざまな驚きや発見が続いています。

岡村さん)今回のビジョニングの結果は、科学技術予測調査の次のステップにおける議論のベースの一つとして組み込まれています。

調査結果についてさまざまな方に声を聞くと、「共感できる」という声や、それとは逆に「理想ではあるけれど現状からは遠すぎる」という声もあります。未来像の中には「多様性」や「包摂性」などの国際的に共有できるコンセプトが色濃く反映されたものもあり、ヨーロッパの方々に紹介する機会がありましたが、かなり関心を持っていただきました。反対に、アメリカの方からは「アメリカ国内では価値観が乖離し、分断が進んでいるためにこういった未来像は残念ながら描けないかもしれない。でも、日本だったら実現できるのかもしれない」という意見もいただきました。国や個人の価値観によっても共感度合いはまったく違うと思いますが、まずは色々な反応をいただいていること自体、とても良いことだと感じています。

——今回のビジョニングにおいて、フューチャーセッションズと取り組んだ感想はいかがでしょうか。

岡村さん)本当に、柔らかい雰囲気で、柔軟な視点を持ってビジョニングに取り組んでくださいました。今回のビジョニングはワークショップの開催以外にも、専門家やビジョナリーの方へのインタビュー、市民の方へのアンケート調査など、方向性も多様な盛りだくさんの内容であったにも関わらず、包括的にまとめてくださり、NISTEPでの報告書作成時にも大変助かりました。

市民の方にお声がけをする際も、たくさんの手段をお持ちなので、多くの方に関わっていただくことができました。本当にありがとうございます。

伊藤さん)これまでの科学技術予測調査に比べ、「社会」という面を色濃く反映したビジョニングになりました。内容としても3年くらいかかりそうな厚みのある内容を1年弱の期間で、高い集中力を持って取り組んでくださったことに感謝しています。まとめていただいた内容についても非常に完成度の高いものが出来上がりました。

小倉さん)こちらがお願いしたいことについて柔軟に対応していただき、フューチャーセッションズの懐の深さを感じました。

——ありがとうございます!お褒めの言葉をいただくことができ、とても嬉しいです。最後に、今後、チャレンジしていきたいことについて是非お聞かせください。

小倉さん)今まではどちらかというと、「科学技術あっての社会」という考え方がNISTEPでも主流でしたが、今回のビジョニングを通じて、社会を起点に科学技術について考えることの重要性に気づくことができました。この考え方を他の研究や調査に活かすことができたら、と考えています。

岡村さん)ビジョニングのあり方の正解はまだまだ分かりませんし、正解はないのかもしれません。私たちが真剣に考えたビジョニングの手法について、自信を持って継続していくことが大切だと考えています。そうすれば世界の中でも非常に価値のある活動になるかもしれません。日本の中ではもちろん、世界中の国の方々とノウハウを共有して活動をご一緒することができたら嬉しいですね。

伊藤さん)小・中・高の学生さんにビジョニングに関わっていただく機会をつくりたいと考えています。社会の中で未来を肯定的に受け止め、元気に生きていくためには未来を思い描き、さまざまな可能性を認識したうえで、自ら行動を起こしていく力が必要だという話も聞こえてきています。私たちのノウハウを活かして、若い方々の未来に役立つ活動ができないかなと考えているところです。

——とても良いですね!ビジョニングを通じて未来を描く力をつけた子どもたちが増えれば、日本がもっと明るくなるのではと思います。NISTEPの調査を通じてそのようなインパクトが生み出せたらとても素敵ですね。

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