ニーズの変化に対応し新たな自動車の価値を生み出すためには、専門分野の垣根を越えた共創が必要
最上)日産自動車 総合研究所 実験試作部の「新価値創造のための「OPEN型」人材・組織開発プログラム」が始まって約4年が経ちました。実験試作部とは、そもそもどのようなことを行う部署なのでしょうか?

嶺岸さん)自動車をつくるための技術開発を行う部署です。実験とそこから得られたデータをどのように車の価値に結びつけていくかを考え、さまざまな試作を行っています。研究開発を促進、加速するために日々活動しています。
最上)実験試作部で「新価値創造のための『OPEN型』人材・組織開発プログラム」
が始まったのは、ワークスタイルの変化も背景にあったのですよね。
嶺岸さん)はい。例えば、以前はエンジニアだけで自動車を開発するケースが多かったのですが、自動車やモビリティのあり方、モビリティに対するニーズの変化により、自動車に新たな価値が求められシステム・材料・電気・モビリティなど、さまざまな分野の専門知識を持ったメンバーどうしが部署の垣根を越えて協力することが不可欠になってきました。このような状況下で、お互いの背景を理解しながら話を進めていくスキルを身につけるのがこのプログラムの目的のひとつです。

最上)2020年から「EQ(感情知性)(※)」に着目し、さまざまな取り組みを行ってきました。その中でも今日は、「EQダイアログ」と、「ありがとうカフェ」について、実施した感想や気づきを伺いたいと思います。
※EQ…Emotional Intelligence Quotientの通称。1990年に米国の2人の心理学者によって論文として発表された理論で、「自己の感情や思考をマネジメントするとともに他人や周囲の感情を適切に理解し働きかける能力」と定義されている。
相手の表情や声のトーン、感情に注目しながら対話を深める「EQダイアログ」で、相手の立場や背景を理解したコミュニケーションを促す
EQダイアログとは
テーマに基づく対話を通して、参加者同士が感情知性を高め合うためのセッション。「私が考える働く意味とは?」など、毎回異なるテーマについて対話を行う。対話の後に、「相手の表情や話し方から何を感じ取ったか?」「話している時の自分の感情はどうだったか?その感情にどう対処したか」「相手の感情に気づいた時、自分はどのような行動をとったか?」など、自身や相手の感情に注目しながら振り返り、気づいたことを参加者同士で共有する。
最上)プログラムの一環として、対話を通して、参加者同士が感情知性を高め合うことを目的として、「EQダイアログ」のセッションを年に数回開催してきました。
そもそもEQダイアログを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
岩田さん)今まで社内の人間関係といえば、「先輩が後輩に教える」コミュニケーションスタイルが当たり前でした。ところが、社歴の長いメンバーよりも、入社して間もないメンバーの方が特定の分野について知識を多く持っているというケースもあります。旧来のコミュニケーションスタイルだと、せっかくの個々の能力やスキルが活かせず、新しい価値の創出を阻害してしまう場合があります。お互いが対等な立場でコミュニケーションを円滑に進めるためには、自身や相手の感情を理解することが大切です。まずは自分や相手の感情に気づき、どう行動するか考える体験をしてほしいと、EQダイアログを始めました。

最上さん)昔は、「感情を交えず理性的に仕事をすることが正義」という考えの方も多かったですよね。でも、「これからは自動車の未来を考える際に感情を取り入れるともっと面白いことができるのではないか」と、EQダイアログの立ち上げに関わった方もおっしゃってました。
EQダイアログに参加してみた感想はいかがでしたか?
平泉さん)同じ組織にいながらじっくりと話す機会が少ない同僚もいるので、EQダイアログを機に話すきっかけが増えました。鎌倉の古民家で膝を突き合わせて話をした回は、今でもよく覚えています。仕事で話をしたことがある人にも「こんな一面もあったんだ」と気づくことができました。
伊藤さん)私もいつも楽しく参加しています。仕事上の会話だと、結論を最後に出さなくてはいけなくて、「まだ納得できていないけど、とりあえずやらなきゃいけないよね」と話が終わることもあります。一方で、EQダイアログの対話にはテーマがあっても答えを出す必要は無く、気軽に楽しく話ができています。
先日は、EQダイアログの経験のおかげか、同じグループで対話したメンバーが普段より元気がないことにすぐに気づきました。どんな話をしたら元気になってもらえるかな、など相手のことを常に考えながら対話することが、回を重ねるごとにできるようになってきたと感じています。

岩田さん)私は、後輩たちに気軽に「助けて」「教えて」と言えるようになったと感じています。歳を重ねると「上司らしく、先輩らしくいなければ!」という思いがちです。EQダイアログの対話テーマには答えがないので、自分のありのままを話すしかありません。取りつくろうことなく、自分の気持ちを素直に話していいんだと気づけましたし、肩の力が抜けて、気持ちが軽くなったように思います。
嶺岸さん)そうですね。結論を出さなくていいからこそ、参加者がいろいろな考えや感情を発散しているのも感じましたし、これまで思いつかなかったような考え方も出てきて、たくさんの気づきがありました。
周りに支えられている自分に気づき、感謝を伝え合う「ありがとうカフェ」で良いサイクルが生まれている
「ありがとうカフェ」とは
普段あまり言葉にしていない「感謝」を言葉にして、気持ち良く働ける環境をつくることを目的としたワーク。毎回のセッションの初めに、最近の出来事で感謝したこと・したいことを書き出し、その感謝をどう行動に移すのか、対話を通じて共有する。「感謝」をテーマとした簡単な対話を含め、1時間ほどで行うことができるコンパクトで業務の合間にも取り入れやすいワークセッション。
最上)コミュニケーション活性化のカギとして「感謝」に注目しました。日頃の感謝を意識的に言葉にする機会として「ありがとうカフェ」を始めることにしたんです。
ありがとうカフェに参加した感想はいかがでしたか。
平泉さん)感謝し合うことでポジティブな感情の輪が生まれたのがとても良かったです。感謝された側が、今度は別の誰かに感謝し、行動につなげようとする場面もありました。この様子の逆で、嫌なことがあった時、ネガティブな言葉を自分が発してしまって、周りのメンバーにもネガティブな空気を波及させてしまっていたかもしれないと気づきました。これからは、積極的に感謝を口にしてポジティブな感情をなるべく広げていきたいですね。

最上)声に出して感謝することってとても大事ですよね。参加者の「感謝の言葉を口に出せていないことに気づいた」という気づきが印象的でした。ありがとう、って思って行動していても、感謝を口に出さないことって案外多いですよね。だから、感謝は可視化されにくいのだと思います。
岩田さん)感謝を口に出すことも大切ですが、伝え方も大切だと気づきました。今まで伝えていなかったのに、いきなり「ありがとう!」と伝えても相手も戸惑ってしまうので、伝え方を工夫しています。例えば、「◯◯さん、◯◯をやってくれてありがとうございます!めちゃめちゃかっこいいですよ!」というように。ユーモアを交えて感謝を伝えてみると、「俺、かっこいいだろ?」とユーモラスに返してくれる方もいます(笑)。
最上)ユーモアのある伝え方、いいですね!
岩田さん)そうやって笑いも交えながら会話を重ねていると、私が困っているとき、声に出して助けを求めなくても、先回りしてサポートしてくれるメンバーが現れたりもして。「ありがとうございます、今日もめちゃめちゃかっこいいですよ!」と伝えたら、「だろ?いつでも俺はかっこいいんだ!」と返してくれました(笑)。感謝をきっかけに会話を続けていたら、思わぬところで救われました。
嶺岸さん)いいですね。確かにありがとうカフェを始めてから、感謝の言葉を耳にする機会が増えたような気がしますね。
伊藤さん)私は、後輩へのありがとうがまだきちんと言えてなくて。先日、後輩が私の作業について、もっとこうしたらいいんじゃないかと提案してくれたんです。その時は、余裕がなくて、なんとなく受け流してしまったんですけど。後々考えてみたら、先輩に対して意見を言うのは気を遣っただろうし、勇気が必要だっただろうなと思って。その場でありがとうって言えれば良かったのですが、タイミングを逃してまだ言えてなくて…。先輩や、メールの文面では「ありがとう」って言いやすいのですが、後輩にはまだすんなりと言えてません。
最上)素晴らしい気づきですね。感謝を口にできてないと気づくことがまずは大事です。参加者のみなさんがたくさんの気づきを得てくださり、ありがとうカフェを開催して改めて良かったと思います。
コミュニケーションの変化を内面の深化に結びつけ、新たな価値創出に結び付けたい
最上)EQダイアログ、ありがとうカフェなどの取り組みを通じて、ご自身や社内で感じている変化はありますか?
嶺岸さん)あまり話したことのない他部署のメンバーとやりとりしなくてはいけない場面で、自分からは踏み込んだ話がなかなかできなかった方が、プログラムへの参加を通じて、主体的に動くようになったのを感じました。
伊藤さん)私は、自分の中であまり変化を感じられていませんが…。
嶺岸さん)いや、激変してますよ!伊藤さんのことは昔から知っていますし。もう激変だよ(笑)!

伊藤さん)確かに、会話をする時に自分の立場だけでなく、相手の立場に立って考えるようになったかもしれません。何か仕事を頼まれた時、「また仕事が増えて大変だな」と思っていたところを、なぜ相手は依頼してきたんだろう、大変な思いをしているのかもしれないな、などと捉え直し、前向きに取り組めるようになりました。
岩田さん)私も、より真剣に考えて仕事に取り組むようになりました。ある時、一緒に仕事をしているメンバーのご家族が亡くなって。その時に、そのメンバーが「今すごく辛いんです。このままだと仕事が進まないので助けてください」と言いに来たんです。今までは、手が足りないから助けてほしい、ということはあっても、感情面で落ちているから助けてほしい、という人はいませんでした。でも人間、落ち込む時もあります。その気持ちを素直に話してもらえたのは嬉しかったし、私自身も、どうしたら上手く仕事を進めていけるか、いつもより一層真剣に考えて取り組みました。
最上)ありがとうございます。私自身、色々な変化を感じていて、とても嬉しく思います。池照さんは、EQトレーナーとしてセッションをサポートしてくださいましたが、開催前後の参加者のみなさんの変化をどのように感じていますか?
池照さん)習慣的な取り組みが、現コミュニケーションの変化につながっていると実感しています。プログラムの初めにみなさんのEQ検査を行ったところ、論理的なコミュニケーションを重心に置き、情緒的表現が苦手な方が多くいました。EQダイアログやありがとうカフェを始めたばかりの頃は「今どんな感情ですか?」と私が問いかけると、頭に「?」を浮かべて困っていた方も多かったです。ですが、継続して2~3年くらい経つとどの方も自分の感情や想いを言葉に出すようになりました。結果、周囲の感性にもアンテナが高くなっています。
あとは、何よりも自分が今感じていることから対話を広げることを自然に心地よく楽しみ、周囲や関係者への関心度が高まり、コミュニケーションをとる「関係の質」が変化する様子は毎回嬉しく拝見しています。
最上)私も参加者の皆さんの変化を感じていました。2020年の開始当初は、感情を書き出す作業に戸惑う方が多かったのですが、4年経った今では、自然に相づちを打ったり反応したりするようになりました。「ああそうなんだね」「それ面白いね」といったリアクションが増え、それがコミュニケーションの活性化につながっているのを感じます。とても良い変化ですよね!
今後、このプログラムでの学びを活かしてみなさんが取り組んでいきたいことはどのようなことでしょうか?
平泉さん)プログラムで学んだことをコミュニケーションに活かして、仕事を円滑に進める方は増えてきました。でも、学んだことは、もっと内面に活かす必要があると感じています。自分の内面とさらに深く向き合い、能動的に行動し、新たな価値の創出に結びつけていくためにどうしたらいいか、さらに深い対話を続け、私たちは変わっていかなくてはならないと感じています。
最上)その通りですね。これまでの取り組みで関係の質は高まってきました。次は新たな価値創造に向けて、より深い対話を行う新たなセッションに取り組まなければなりませんね。
平泉さん)そうですね。そういう意味でも、これからもプログラムを続けたいですね。
嶺岸さん)まだ、プログラムに取り組み始めて数年ですが、このプログラムの学びを活かしてさまざまな部署のメンバーが参加する具体的なプロジェクトが生まれて、成功事例になったらいいですね。私たちの組織を周りの方が見た時、「いいよね」「すごいよね!」って言ってもらえるようになりたいですね。
最上)組織を横断した取り組みができたら素敵ですね。ぜひ今後も続けていきたいなと思います。ありがとうございます!
